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ベターブログ

仲間 伸弥の個人日記

マイケル・ルイス著フラッシュ・ボーイズ10億分の1秒の男たち

 

フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち

フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち

 

日本でも有名なベストセラー作家なのでご存じの方も多いと思いますが、いちおう著者の紹介を記します。

マイケル・ルイスは1960年アメリカ・ニューオーリンズ生まれ。
プリンストン大学で美術史の学士号を、次いでロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済修士号を取得した後、ニューヨークの投資銀行ソロモン・ブラザーズに就職、ロンドン支店で3年間債券ディーラーとして働き、その時の経験を綴った「ライアーズ・ポーカー」(1989年・日本語訳は1990年)で作家デビュー。

 「ライアーズ・ポーカー」は私も発刊後すぐに読みましたが、当時ウォール街最強のプレイヤーといわれたソロモン・ブラザーズで働く人々の様子が描かれています。ウォール街の名門投資銀行の社員というと、一般に高学歴・高収入のエリートと思われていますが、実は自己中心的・貪欲でモラルのかけらもなく、顧客を欺いてなんの良心の呵責も感じない彼らの姿が面白おかしく書かれています。

ただ痛快なだけではなく、金融界の激動ぶりがわかりやすく説明されています。数学・工学の優秀な学生が金融界にこぞって就職し”クオンツ”とよばれ、様々な金融手法を開発して、そこで開発された債権・不動産等の流動化手法が、のちにリーマン・ショックをはじめとするサブプライムローン問題につながっていくことを考えるとなにやら感慨深いものがあります。

「フラッシュ・ボーイズ」は情報を早く得た者が株式市場で勝者になることが描かれたフィクションです。あたりまえじゃないかと思う方もいるでしょうが、その”早さ”というのが尋常ではなく、サブタイトルにあるとおり10億分の1秒を競う早さなのです。私は読む前にサブタイトルの”10億分の1の男たち”を見た時、これは早いことを強調するため比喩的につけられたのだと思っていましたが、現実におこなわれ、莫大な利益を手にしている人達がいるのです。コンピューターアルゴリズム・通信設備を利用して、しかも秘密裏に。

自分のコンピューターの異常な動作に疑問を持った日系カナダ人の株式ディーラー、ブラッド・カツヤマが原因を解明しようとのりだすと、その先には投資家の株式注文情報をを先んじて入手し、利益を得ている捕食者(プレデター)・”超高速取引業者”の存在があった。しかも、そのおこぼれに与ろうとする名門投資銀行は超高速取引業者のやり口をまねて、自らの顧客から搾取していた。というスリリングなフィクションです。

正確な情報を早く入手することがいかに大事かと改めて思い起こさせてくれる

このことは投資の歴史上では、ワーテルローの戦いでイギリス率いるヨーロッパ連合軍がナポレオンを打ち破ったとの情報をいち早く入手したネイサン・メイアー・ロスチャイルドがイギリスのコンソル公債を買い大儲けした逸話が有名です。以後ロスチャイルド家が盤石の世界的財閥になることはみなさんもご存知のとおりです。

彼は迅速な情報収集の大切さを十分理解しており、収集体制を築き上げていました。それがいかに優秀だったかは、ワーテルローの戦いの結果をイギリス政府が知ったのがネイサンの一日遅れだったらしいということからも明らかでしょう。

もっとも、投資家が彼の動向に注目していることを知っていたネイサンは一旦は売り注文を出し、他の投資家がそれに続いて売って暴落したところで買いに転ずるという才知あるところを見せるのですが。

その情報入手の早さが現在の株式市場ではナノ秒レベルでのしのぎ合いになっているという事実を「フラッシュ・ボーイズ」では教えてくれます。

元株式ブローカーのスパイヴィはシカゴの先物市場とニューヨークの現物市場の価格差を利用して取引すれば莫大な利益をあげられることを熟知しており、取引所間の実際の取引速度と理論上可能な取引速度の大きな差があることに気付きます。

スプレッド・ネットワークス社を設立してシカゴ・マーカンタイル取引所とニューヨーク(正確にはニュージャーシー州カーテレットのデータセンター)のナスダック証券取引所間をできうる限り早く結ぶ光ケーブルを敷設します。

工事中は工事担当者にもその目的を伏せて作業させます。そして、完成したケーブルを大手投資銀行にリースするときには、銀行が自己勘定取引をする時はケーブルの使用を許すが、ブローカー業務で顧客に共有させることは許さないという契約条項を盛り込ませます。数少ない人(できれば単独で)が持っている時に価値が高まるという、情報の性質の重要性をも読み取ることができます。

一見些細なことに見えることがらもとことん突き詰めて考え、諦めないことの重要性

なにやら日本人がノーベル賞を受賞した時の情報番組でコメンテーターが言う定番のコメントみたいですが、こういう姿勢が大事なんでしょうね。

「フラッシュ・ボーイズ」のブラッド・カツヤマも自分のコンピュータの異常動作に気付きシステム担当者に原因究明を依頼しますが、彼らは些細なことと考え対応しない。ブラッドは自分で解明しようと行動し、 超高速取引業者の存在をつきとめ、それが株式市場を不公平な歪んだものにしていると確信します。

ブラッドとはいわば”敵”にあたるスパイヴィも前述の通り、取引所間の実際の取引速度と理論上可能な取引速度の大きな差があることに気付き、ケーブル敷設に幾多の困難があるにもかかわらず成し遂げます。敵ながらあっぱれという感じです。
疑問に思ったことは粘り強く考えましょうなんて中高生の時に先生から言われた人も多いと思いますが、皆さんは実践できていますか?(私はぜんぜんダメですが)

金融・投資市場のあり方に興味が持てる

興味が持てる”といっても、別に株式やFX投資を推奨してるわけではないのでお間違いなく。市場のあり方・枠組みに敏感になるという意味です。

株式市場での不正というと多くの人は”インサイダー取引”を思い浮かべると思います。会社の経営に関わる重要な決定事項を知りうる人物がその情報の公開前に親族やら政治家に漏らして儲けるというよくある話ですよね。これは株式市場での不審な動きを監視しているSEC(アメリカの場合)なんかが調査すればある程度把握できると思いますが、コンピューターによる取引が前提の現代では通信回線のスピードの差に起因するこの市場の不公平にはどう対処できるんだろうという疑問が湧いてきます。超高速取引業者は光ファイバーよりも早いマイクロ波を既に実用化しているのではないかという暗示が本書の終章で記されています。

本書が出版されて、司法長官・検察・SEC・米国商品先物取引委員会(CFTC)等が超高速取引の実態解明・規制に乗り出すなど本書のインパクトは相当なものです。議会の公聴会には超高速取引業者が呼び出され追及されたそうです。

おすすめの対象

金融機関勤務の方はもちろん投資に興味のある方

これらの方々の多くは既に本書を読んでおられると思いますが、金融機関に勤めていても直接に証券投資業務に関わっていない方は意外と投資環境には疎い方が多いですよね。

同様に株式投資を個人で楽しんでおられる方の中には経済成長率・日経平均・個別銘柄の価格動向や投資に関わる税制などいわばミクロの情報に詳しくても、本書が問題提起しているようなマクロ的問題にはあまり関心がないという方もいらっしゃいます。
そういう方々におすすめします。もしかしたら投資の現場ではとてつもない地殻変動が起きているのではないかということを感じられると思います。

経済小説をよく読まれている方

日本の経済小説では、意欲ある主人公が旧態依然たる経営陣や・無理解な上司・嫉妬深い同僚等の障碍を乗り越え自分の理想を達成するという物語が多いですよね。そこに恋愛やら不倫やらが絡んできたりして。あくまでも権力闘争・人間関係を描くことが主眼の小説が多いと思うのです。業界に関する説明も一般的で陳腐と思うのは私だけではないんじゃないかな。

本書は先に記したとおりアメリカ政府各機関が動き出すほどの問題提起をしており、しかも人間ドラマとしても優れた人間描写がされています(男女の色恋はいっさいありませんが)。

理系の技術者・学生の方

本書ではコンピューター・通信技術の発達が一つのテーマになっていますが、その担い手たる技術者が自分の技術の利用のされ方に無自覚あるいは知らされていない様が描かれています。知識・技術を提供するだけで、彼らは自分の関わる仕事の真の目的を知らされず蚊帳の外に置かれています(なんか原子爆弾の”マンハッタン計画”を彷彿とさせますよね)。

しかしご安心下さい。主人公のブラッドとともに事態の解明に乗りだすロブはトレード用アルゴリズムの開発者、ローナンは通信設備技術者、セルゲイは名門投資銀行プログラマーと、理系の技術者の活躍も多く描かれています。もっとも、セルゲイは銀行から訴えられ投獄されてしまいますが。

以上の方々はもちろんですが、それ以外の多くの人に楽しんでもらえる、そして現代の経済システム・IT技術・政府のあり方を考えさせる良書だと思います。

(参考までに1)本文章では「フラッシュ・ボーイズ」の記載通り”超高速取引”と記してきましたが、”高頻度取引(High Frequency Trading)”と表記するのが一般的のようです。
(参考までに2)野村資本研究所が本書の出版を端緒とする米国当局の動きに関するレポートを発表しています。

URL http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2014/2014sum03.pdf


(参考までに3)本書の著者マイケル・ルイス、および主人公ブラッド・カツヤマがNHKBSの番組「Bizパーソン」で取り上げられ放映されています。私は見ていませんが・・・我ながら情報に疎すぎるよなあ(トホホ)。その時のインタビュー内容の一部が次のホームページで公開されています。ただし内容は希薄です。本書を読んで下さい。
URL http://www.nhk.or.jp/bizplus/person/20141012.html